梶谷真司「考えるとはどういうことか 0歳から100歳までの哲学入門」

 

梶谷先生は、京都大の人間・環境学研究科の先輩にあたります(分野は全く違いますが)。一度、勉強会でお話させていただきました。

ぜひ、みなさんにお薦めしたいな、と思いました。新書ですし、サブタイトル通り、老若男女、あまねく対象です。いわゆる学歴高い人こそ凝り固まった思考を自由にする必要がある気がします。

哲学対話は、哲学を学ぶために対話を通して、哲学を「体験」するための取り組みです。グループワークだと4、5人にしますが、哲学対話の場合は15~20人くらいがいい、ということでした。

梶谷先生は、哲学は「問い、考え、語り、聞くこと」としています。

哲学対話では、8つのルールを設定し、そのルールによって、いかに(思考の)制約を取り払うか、自由に問い、語ることができるのか、ということが説明されていました。

このことによって、”他者との対話を通して、他の人と一緒に自由になれる”ということです。

普段、どうしても、バカと思われるようなこと、人格を疑われるようなこと、などは言えないということも多いはず。

私自身、優等生として思考してきたことも多く、規範に縛られたり、人の顔色をうかがってしまうこともあって、自由に考える訓練、体験をしてみたいと思いました。対話、重要ですよね。1人でも2人でも実践できると思うので、やってみて、自由になってみたいです。

 

2019年、はじまりました!

あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。

今年は変化の年になりそうです。そのような中、気持ちを新たにして、いろいろなことに挑戦していきたいと思います。

そして、変わっていくこと、変わらないこと、それぞれ大事にしていきたいです。

2019年がいい年になりますように。

 

2018年もおしまいですね

2018年も残りわずかとなりました。今年で45歳になり、落ち着いていくかな、と思っていたのですが、むしろ逆で、いいことも、悪いことも、予期せぬことも含めて、いろいろなことがありました。

そんな中、楽しいこともたくさんありましたし、多くの人に支えられていること、助けられていることを、改めて感じることができた1年になったと思います。そういう意味で幸せな1年でした。また、生きていることそのものがとても幸せなことだ、ということも感じることがありました。心身ともに健康に気をつけていきたいと思います。

 

誕生日のときに、40代後半の目標を書きました。

munyon74.hatenablog.jp

ちょうど年末に、研究者のみなさんと3日間がっつり議論をする機会があり、その中で、自分の役割をどう果たしていくべきか、将来どうしていけばいいか、を考える機会がありました。この半年ではまだまだですが、これからの4年半で、きちんと自分の役割を果たしていけるようにしていきたいと思いますし、将来のことをしっかり考えられるようになりたいな、と思います。

みなさま、良いお年をお迎えください。

 

タイミングをよくしていこう

昔からタイミングが悪いなぁ、と思うことがよくあります。だいたいの場合、考えすぎたり、慎重にいきすぎたりしてしまって、結局、行動が遅れてしまい、よくない結果になってしまう、ということが多い感じです。この間もそんな感じで失敗したな、と。まだわからないけど。

以前、感受性についてブログを書いたのですが、思い返してみると、最初の感覚があっていることも結構多いな、と思ったので、できるだけ自分のフィーリングを信じて(どうしても信じられないことが多かったので)、できるだけ早く判断して行動すること、を今さらながらこれから意識していきたいな、と思います。

munyon74.hatenablog.jp

 

実家を売却しました

いくらか前になりますが、実家を売却しました。

昔からある(たぶん大正時代)六軒長屋の真ん中で、長らく誰も住んでないので、たまに行くものの、ずいぶん老朽化してしまっていました。

正直、どうしようかな、と迷っていたのですが、もともとも狭い家で住むにしてもかなりリフォームしないといけないし、いろいろ問題もあったので、売却することにしました。

小さい頃は、家に風呂がないことや、2階の狭い2部屋に家族4人で生活していたことが、本当に嫌だったです(苦笑)。自分の部屋も欲しかったし、お風呂もあってほしかったなぁ、と。でも、今思うと楽しいこともたくさんあったんだなぁ、と思います。あの家で過ごしたから、少し苦労した経験があったから、今の人生があるんだよね、と。

祖父が始めたたこ焼き屋を、祖母とともにお袋がやることになったのですが、まったく経験のなかった中、よくやっていたな、と大人になると思います。友達がたこ焼きを食べに来てくれたりして、とてもありがたかったです。私がたこ焼き屋を継ぐことはさすがになかったわけですが、実家でたこ焼き屋やっていてよかったなと思います。

実家の写真って全然ないんですよね。。。もっと撮っておけばよかったです。実家を整理した時、出てきた写真を。まだジュースは、自動販売機じゃなくて、冷蔵庫の時代。

f:id:munyon74:20181230111224j:plain

 

正月やお盆に実家に帰ることはなくなったわけですが、当たり前のことながら故郷は一生変わらないし、地元の友だちと遊んだりしたいと思います。

 

アイスクリスマスケーキの思い出

なぜか、ふと思い出した。我が家のクリスマスといえば、アイスケーキだったことを。

我が家ではこれといってクリスマスのお祝いをすることはなかったのですが、父親がタクシーの運転手で、毎年会社からアイスケーキをもらって帰ってくるのでした。なぜタクシー会社がアイスケーキなのか、という謎はあるし、今思えば別に豪華なやつだったわけでもないのだけど、子どもとしてはとても楽しみにしていたのでした。だって、アイスやもん。

すごく久しぶりに思い出したのですが、そういう経験を重ねているって大事なことなんだな、と思いました。

 

サンタの存在を、ピンボールと商店街で知ったお話。

クリスマスイブですねー。みなさんの投稿やネットのエッセイ(noteなど)を読んでいると、クリスマスプレゼントの準備をする話(子どもに隠す話)とともに、「いつサンタの存在を知ったか?」という話題をちょくちょく見ます。

私の場合は、小学1年か2年の時に、おもちゃのピンボールをもらったのですが、そのピンボールが商店街にあったニチイ(スーパー)にドカンと置いて安売りしていて「これやん」と思ってわかった、という。両親ともつめが甘いというか、なんというか。まあ、それは遺伝しているわけですけど(笑)。

その後も儀式は一応しばらく続いたと思いますが、起きて枕元を見たら伝記みたいな本がプレゼントの時もあり。親としては、そういう気持ちになるんでしょうね。今となればわかりますけども。

いい天気になりました。みなさんのところにもサンタさんが来て、クリスマスプレゼントが届くといいですね。いいクリスマスイブになりますように。